モデルアート「ドイツ超重戦車 マウス」
モデルアート別冊マウス本。1996年に刊行されながらく絶版だった一冊が、新装版としてリニューアルされたものです。
本文内容の中核を占めるのは第二次大戦終結直後にクンマースドルフ戦車試験場で2両のマウス実車を確保した、旧ソ連軍のレポートを元に構成されたロシア語文書の翻訳です。初版刊行当時は旧ソ連崩壊の直後で様々な「新事実」が惜しげもなく並べられ、マニアたちはそれを存分に堪能したものでした。同時期にモデルアートの別冊としてはクビンカ軍事博物館を扱ったものがあり、このマウス本と共に貴重な内容でありました。どちらもあっという間に市場から姿を消して入手困難でありましたが、このように再版されるのは喜ばしいことです(クビンカについては大体のところはネットで見られます。いい時代です)。
初版刊行後マウスについていくつか解明された事実もありますが、表紙装丁以外は本文キャプション含めてすべて当時の内容のままです。その事は多少念頭に置いておいた方がいいのかな? また皆様御承知のように本書が再販されたのはだいたいガルパンのおかげってことも、どこにも書かれておりません(笑)
現在クビンカ軍事博物館に唯一現存するマウスは試作一号車の車体に二号車の砲塔を搭載したものです。博物館ではなんども再塗装されて当時の現状をうかがい知ることは難しい状態ですが、鹵獲直後の車体と砲塔で迷彩パターンの異なっている様子はなかなか面白いもので模型製作のヒントにもなるでしょう。
初版当時は初公開となる資料が盛り沢山でドラゴンの1/35キットを製作する際には相当活用された一冊です。実車写真は破壊された状態のものばかりですが、クローズアップも多いので現在でも十分に活用できる内容、ガルパン版を製作する際にも必ず役立ちます。
特に模型的な観点から見ずとも、この世界最大の超重戦車という稀有な存在についてのまとまった解説を日本語で読めるのは現在でもなお価値があります。最大の特徴である電気式駆動システムについても諸々機器の写真や電気回路図を交えて詳細に記述されています。面白いところでは元原稿がロシア語だったためか、本文の英訳が結構なページ数で掲載されていて当時から欧米の読者を見据えていたのかな?意欲的な編集がされています。
ロシアの研究者の間でも事実誤認があるようでそこかしこに翻訳者高田裕久氏の注釈が入り、また日本のライター陣による解説記事もありで単純に翻訳本というわけでもなく。いずれにしろ密度の濃い書籍であります。
何をいまさらかも知れませんが本書を読みかえしてマウスについてあらためて知ることも多く、エンジングリル直前の跳弾板だけでも装甲厚60ミリもあってビビる。ドイツ人がちまちまとコイツをこさえてたその頃に、日本軍が本土決戦に用意していた三式中戦車は最大装甲50ミリしか無いんですよええ、泣くよねもうね。(せめて五式と比べてあげろ)
ポルシェティーガーなど関連車両を含めて車両図面は1/35スケールで掲載されています。特にマウスについてはその大きさもあって見開きではない一枚物の図面が、二枚合計四面で折り込まれています。現在でもモデルアート別冊の図面は(単価の問題に跳ね返ってくるので仕方のないことですが)見開きになっていることが多く閉口することもしばしですが、本書に関しては非常に贅沢な作りをしていると言えましょう。
模型の作例記事は2本のみと少ないものですが、山田卓司氏による1号車・島脇秀樹氏による2号車、双方とも90年代戦車模型界の中核をなしていたベテラン2名による、資料に準じ事実の再現に努めた硬派な考証派の作品です。島脇氏の情景はその後ユーロミリテールに出展され、なんと金賞を受賞しました。
90年代っていわゆる架空戦記もブームでしたから、マウスの情景を作るにあたってはそっちのノリでも構わなかったろうとは思いますが(実際本誌にはジャーマングレー塗装のマウスがベルリンに向けて進撃するような情景が載ったこともあったしね)、敢えて資料に基づく事実の再現性に重きを置いているのは編集方針の賜物でしょう。そんな記事でもさらっとエヴァネタが浸透しているのがいかにも90年代です(w
バーリンデンのインテリアキットってのは流石に現在では手に入らないかな……
初版刊行は十数年前とはいえ、現在見ても実車的また模型的な側面からに於いても、本車についてよく知ることのできる優れた資料と言えるでしょう。マウス戦車についてはアドルフ・ヒトラーとポルシェ博士のバカげた妄想のように批判されることもしばしばですが、このように常識を外れた大火力・重装甲を兼ね備えた車両を開発せざるを得ない当時のドイツ軍の、常識を外れた対ソ戦事情についても考慮するべきなのかも知れません。
さっぱり解からないのは同時期にE100超重戦車の開発も並行して進められていたことで、一般にドイツ人の気質を「合理的」と評するのは、なにかとんでもない勘違いをしているような気がします……