三樹書房「航研機 世界記録樹立への軌跡」

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1938年に航空機長距離飛行の世界新記録を達成した航空研究所長距離試験機、通称「航研機」の研究開発・飛行記録の詳細を記した内容です。執筆はスタッフの一員として当時実機に携わった東京大学名誉教授富塚清氏の手によるもので、当事者ならではの内幕事情や技術者としての冷静な観察などから日本航空史に名を残す名機の実態を明らかなものにしています。1980年代に刊行されたものを2006年に改めた新装版。


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航研機とその偉業については大昔からおおよその話は聞いていましたけれど、実際のところそんなには知らなかったもので色々勉強になりました。ライト兄弟以前から始まっている世界の航空開発黎明期のエピソードも解説されているので上野で開催中(あと1週間ですよ!)の「空と宇宙展」を見る為の副読本的な使い方も、ある程度は出来るかも知れません。事前にこの本読んでりゃもうちょっと深く突っ込んで見られたかもだ。「ライトの飛行機そのものが如何にも安っぽく、誰にでもできそうに見えるところがまことに誘惑的である」なんて言葉はまさにプロのクールな視点で格好良い、私にゃ到底ムリでした

さて、そもそも航研機には名前が在りません。あくまで「東大航空研究所が長距離飛行試験を執り行うための飛行機」の略称が「航研機」なのであって文字通りに通称、軍用機でもなければ民間機でもないし、当然制式採用もなければ愛称すら付けられていない、ある意味孤高な存在だと、そんなことすら本書を読んで初めて知りました。だから類書があまりないのですな。軍用機史や民間航空会社の本を当たってもどこまで触れられているかは疑問で、本機について知るには必要にして不可欠な一冊です。

技術屋としての観点からはあくまで冷静な分析で、それは読んでいて心地よいものです。これがもし中島みゆきの歌と田口トモロヲのナレーションで始まるTV番組だったら黒沢明の映画みたいなメンバーが集うとこだが、そんなことはないw 機体そのものの設計・構造も極めて常識的なものであり、決して奇をてらったり斬新な試みがなされている訳では無いことが淡々と書かれています。沈頭鋲の採用や着陸脚の引き込みなど日本初の技術は投入されていても、既に諸外国では実装済みのテクノロジーなので、それを誇ることはない。「天然の鳥類は総てやっていることであり、鶴の如き長足でも、綺麗に引っ込める。飛行機がその当時まで脚を引っ込めなかったことは、遅すぎる観がないでもない」という引込脚に接する冷静な態度は不覚にも笑ってしまったのですけれど、その引込脚の設計が航研機プロジェクトで最も足を引っ張ったこと、その内情など興味深いものです。プロジェクトチームの構成やリーダーの資質、総括など現代に通じる箴言もいくつかあり。

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立案当初は航空機用ディーゼルエンジンを新規に開発する計画案を、BMW製液冷ガソリンに変更したのはそれが安定して「枯れた」技術だった為で、その点からもさほどの新規さは無いようです。排気弁を使って冷却空気を流す方式は新規の工夫だそうですが、これとてあんまり陳腐過ぎるのも難ありで「淋しいので、政策的に変わり種を用意した」物だとか。読んでてだんだんとこの飛行機の性格がつかめてくる気分は楽しいもの。今も昔も目に見える成果を確実に挙げないと公立機関に予算は回ってこないのですな。

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「空と宇宙展」ではこのBMWエンジンもレプリカが展示されています。航研機に関しては1コーナーが設けられブループリントなどもあったんですが、見学してた時には「おおこれが五式中戦車にも使われたエンジンか!」とか、全然アサッテの観点で見てたんで実わあんまり覚えてない(汗)実機のレプリカは三沢航空科学館にあるそうですけど流石に遠いな…

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記録飛行に当たって用意された機内食。サンドイッチの海苔巻きは美味しそうです(笑)足かけ3日間に渡る長距離飛行、軽量化を指向した機体には無線機など無く、主として自動操縦装置を用いて行われる長時間の密室(なにしろ風防すらない飛行機です)飛行は困難を伴う作業と察せられます。無風状態の関東平野の上空を三点飛行するその行程は、傍目には地味なもので例えばリンドバーグみたいなエンタメ映画などにはならない種類のものですけれど。

本当にただ長い距離を確実に飛ぶ、それだけの為の飛行機なので正直そんなに発展するものではない。本機をして量産せしむれば大東亜戦争鎧袖一触などでは全然無いとゆー、考えてみると実に平和な飛行機ですね。そこで培われた技術や携わった人々のその後を見ていけば、また別の感慨が湧くのかも知れませんが…

それでも航研機とその飛行記録は孤高の空をへんぽんと飛んでいるのです。

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記録達成後は特に成す為の何事も無く留め置かれた航研機は、戦後進駐軍の手により廃棄解体処分となり、スクラップは駐機されていた飛行場にそのまま埋められました。

遠く平成の世、国際化により成田と並んでもうひとつの日本の顔となった羽田空港のその礎には、日本航空界が世界にその名を知らしめた名機がいまも眠っているのです…

うわ、プ○ジェクトXくせぇシメだなww

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