大日本絵画「クロムウェル巡航戦車 1942-1950」

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オスプレイミリタリー「世界の戦車イラストレイテッド」シリーズNo.35はイギリス陸軍クロムウェル巡航戦車を扱っています。シリーズ既刊の3冊(「チャーチル歩兵戦車」「マチルダ歩兵戦車」「クルセーダー巡航戦車」)と併読されればしばしば問われる「第二次大戦中のイギリス軍主力戦車ってなんだったの?」という疑問にひとつの答が見いだせるものと思われます。

本書に巻かれた帯には「名機スピットファイアエンジンの戦車版を心臓にWW2イギリス戦車最高の成功作となった快速巡航戦車クロムウェルシリーズの開発と変遷を解説。」と個々の単語を大文字で強調した非常に景気の良いキャッチコピーが踊っています。そう、我々模型業界を中心とした趣味の戦車ファンはどうしても戦車の外観から入ってしまいがちなのですが、実際に職業・任務としての戦車人にとって重要なのは中身ですね。エンジンこそ戦車の死命を制する重大な要点なのでこの帯は実に正鵠を射ていると言えるでしょう。そしてこのキャッチーなコピーの中でも本書内容を最も適切に示している単語は

「シリーズ」

だと思うの。

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そんなわけで本書ではまず「名機スピットファイアエンジンの戦車版を心臓にせずWW2イギリス戦車最高の成功作とならなかった試作巡航戦車キャヴァリア」から話がはじまります。一見するとさっぱり区別がつきませんし、そもそも開発当初はこの戦車にこそ護国卿クロムウェルの名が与えられる予定であったと面倒臭いことこの上ない話ですけど、これはクロムウェルじゃないのだ。

A24巡航戦車MkVIIキャヴァリアの基本構造は1942年初頭には形になっていました。が、車体と武装は戦訓を経た新規のものでもエンジンや内部機構が従来のクルセーダー巡航戦車のままであった本車は開発段階からすでにその性能に疑問が持たれ、生産は限定されます。キャヴァリアに搭載されたナフィールド社の「リバティー」エンジンに代わってロールスロイス社製航空機用エンジン「マーリン」を車両用に改修した「ミーティア」エンジンを搭載する改善プログラムこそがクロムウェル戦車の真髄なのです。

なのですが。

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こちらもまた、クロムウェル戦車ではありません。これは操行装置を新型に変えながらもエンジンはリバティーのままなA27巡航戦車MkVIIILセントーです。代打要員的に本車が開発された背景には航空機生産が優先されミーティアエンジンの供給不足が懸念されていた1942年当時の情勢がよく言われますが、本書記述によればナフィールド社の社主であるナフィールド卿の影響力もいろいろあったようで。どこの国でも新型戦車開発にあたって似たようなトラブルが生じるのは「世界の戦車イラストレイテッド」シリーズ読んでいると既視感過ぎにも程がある(笑)

詳細を見て行けばクロムウェルとは様々に異なる特徴を持つセントー巡航戦車は、搭載エンジンをリバティーからミーティアへ換装可能な配慮(というか元は同じ車両だ)こそされていたものの結局換装は見送られ、ほとんど実戦に参加することなく単なる資源の無駄として終わることになります。代打でスタンバイする内にイニング変わっちまったよ―なものですなあ。

製造過程に於ける様々なトラブルを乗り越えて1943年4月、ようやくA27巡航戦車MkVIIIMクロムウェルの量産第一号」が配備されることになったのです。まさにクロームに輝く、

ヴェールを纏ったか…

の、ごとく…??

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この小汚い車両が何かと言いますと、これこそがクロムウェル巡航戦車なのです。

あーいや、これが量産第一号車というわけではありませんよ?似たような戦車の写真が続くのもなんですので、ドイツ戦車のを真似て塗布されたツィンメリットコーティングを施した状態のクロムウェルです。連合軍がこれをやってたというのはかなり珍しい記録で大変興味深い一枚。被弾するとボロボロ剥がれたとかで大した実用性も無かった模様ですが…吸着爆雷よりパンツァーファウストに備える方が急務でしょうし。

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珍しい写真は本書にいろいろ掲載されておりまして、こちらはセントーIII対空戦車MkII。面白い存在ですが面白さを説明するのが大変。えーと、どこが面白いかと言うとー、これはこれでよく出来ていてー、クルセーダー対空戦車と交代する予定だったのにー、

まあいらないよね(´・ω・`) 制空権取ってるもんね(´・ω・`)

ってところが面白いと思いまーす。開発担当者がどんな気持ちだったかなんて総力戦には関係ないよね(´・ω・`)

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珍しいと言えばこれ。ひと昔前の比較的初心者・入門者向けの戦車本には「未来の戦車はこうなる」的な章立てでよく掲載があったオーバーヘッド・ガンマウント構造の自動装填砲システム。COMRES-75というネーミングは本書読んで初めて知りました。冷戦時代、1968年に英独共同で開発されたテスト車両で車台はコメット巡航戦車のものを使用しています。現実の未来に戦車はこうはならなかったけれど、その遺伝子は米軍のストライカーMGSに受け継がれているのかな?かな?

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若干話が前後しますが本書ではクロムウェル以降の巡航戦車、具体的に言えば17ポンド砲搭載のチャレンジャー巡航戦車とそのバリアントであるアベンジャー戦車駆逐車の開発も記述があります。こうして並べるとイギリス人は第二次大戦中に似たような戦車作るのが最後まで大好きだったんだなあと、思わざるを得ない。むろん用途と配備部隊が異なるという事情はありこそすれですが…。

結局、大戦末期に現れたセンチュリオン巡航戦車が巡航戦車とは名ばかりのあらゆる任務を全う出来得る真の意味での主力戦車に

なったかといえば、

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そうでもない。

戦車業界的には冷戦の開始はベルリンパレードのスターリン3重戦車から始まるのですが、その当時にセンチュリオンの生産配備は遅れても主砲となる20ポンド砲は潤沢に供給され、おまけに前線に投入し得るクロムウェル車体が山ほどあったんで世の必然としてFV4101チャリオティア戦車駆逐車が開発されました。相手はいつなんどき大惨事を始めるかわからない死にかけたスターリンですんで無理を通して急げ急げ。ってな社会情勢を鑑みればチャリオティア戦車駆逐車の正面装甲厚がたったの38ミリだったなんてささいなことですねー。鬼かよ。いや紙です。

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おそらく本書の内容でもっとも価値が高いのは、キャヴァリア~セントー~クロムウェルと三代に渡って(?)似たような戦車が作られ、それぞれの車体にマークとタイプで異なる箇所の精密な分類表だと思われます。他にも生産数や配備先部隊などの表関係は幾つも掲載され、イギリス戦車研究家諸氏にとっては必読の書と言えるでしょう。AMのフィル連載が単行本化されればなおよいが…

戦場におけるクロムウェルの活躍も勿論記述されています。最も有名なのはヴィレル・ボカージュの戦いにおける

いや、この話はやめよう(´・ω・`)

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カラーイラストからタミヤのキットにもなったセントーMkIV近接支援車両。95ミリ榴弾砲を積んだ王立海兵隊向けの特殊車両で、ノルマンディー上陸作戦に使用されました。オリジナルの計画ではエンジン降ろして余分に砲弾を積み単なる洋上砲台とする案でしたが、実際には上陸後も通常の任務を続けるようにエンジン・駆動系も残されています。アバロンヒル社のボードゲームじゃ1ターンで除去されるんだけどな!

尚、本車セントーCSについて「セントーで戦闘に使用されたのはこれだけ」などとありがちな冗談をドヤ顔で語る人間はすべて全員、ロンドン塔へ幽閉されます。

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そして今も昔もヨルダン陸軍はイギリス戦車の養老院か「象の墓場」みたいな立場なのだなあと思いを馳せつつ。湾岸戦争後に売っ払われたチャレンジャー1って、その後どうなったんだろう…

末尾になりますが、本書並びにオスプレイのWW2イギリス戦車本既刊3冊を通読された方ならば「第二次大戦中のイギリス軍主力戦車ってなんだったの?」という問いかけに対してひとつの、そして明瞭な答えを返せることと思います。

第二次大戦中のイギリス軍主力戦車は、

M4シャーマンです (`・ω・´)bビシッ

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