大日本絵画「神々の糧」
「モデルグラフィックス」をはじめアートボックス各誌に掲載されたコミックを中心とする滝沢聖峰作品集。カバーイラストこそ前線でひと時の休息を得る米軍パイロットという落ち着いた雰囲気ですが、本書の中核となるのは滝沢聖峰ファンなら皆知っている<あの>作品です――
――太平洋戦争中期、輸送船が撃沈され南太平洋のとある島へと漂着した生き残りの日本兵たちはそこで不可解な事態に直面する。日本軍の占領下にあったと思しきこの孤島で守備隊が「何か」と戦った痕跡は明確に存在しているのにも関わらず、生存者の一人も死体の一つも見当たらない。武器弾薬、食糧すら遺棄したまま生死を問わずに「人間」の存在がすべて消失してしまったかのようなこの場所で、一体が起こったのか。敵は、何者なのか……
MG誌2002年1月号から2003年3月号に渡って掲載された表題作「神々の糧」はオカルトに造詣の深い方なら「マリー・セレスト号事件」を思い浮かべるような導入部です。この時期著者滝沢聖峰は模型雑誌の戦記マンガと言えば実録調でリアリズム重視といった一面的な劇画スタイルを大幅に超越して一種異色な、意欲的な作品を次々に発表していましたね。
――無人と思われたこの島で、日本兵たちは「何か」と遭遇する。ひとりまたひとりと夜の闇の中に飲み込まれ消えて行く戦友。姿の見えない敵。不安が支配し恐怖が蔓延する中、遂に戦端は開かれる……
謎の敵の正体はデカいトカゲでした。
この島には見たことも無い種類のトカゲが生息していて夜になると浜に降り、死体も残さず人間を全部パクパク食べてしまっていたのです。日本兵たちは島に残された重火器で対応しますがなにしろトカゲの数は山ほどおりまして数少ない生存者では全く相手になりません。小さなトカゲですら毒を持っててひとたび噛まれたら人間だれしも即イチコロなのです。トカ&ゲーはワイルドアームズ屈指の人気キャラですねなんて言ってる場合じゃありません。日本兵危うし、トカゲ・パニック!!!!!!
いや~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、このマンガがMGで連載されていた時には毎号波乱の展開で、「このマンガはこの先どうなってしまうんだろう」と不安に思い、そして同じくらい「滝沢聖峰はこの先どうなってしまうんだろう」と心配になったものです。なにしろ日本軍vsUFOを描いたマンガ「フー・ファイター」の次がこれでしたから、このままオカルト路線に急上昇してしまうんではなかろーかと……
そんな滝沢聖峰先生もいまでは立派に「ばら物語」しています。当時の心配は全くの杞憂でした。実にシテレシマシた。
日本軍vsトカゲを描いた中編「神々の糧」は実に異色の戦争マンガです。一見するとトカゲの圧倒的な描写に流されて主人公である北本上等兵以下の人間が描かれていないような印象を受けるかもしれません。しかしながらラストまで読み続ければそれも作者の計算の内で、皮肉な結末を迎えるための巧妙な伏線だと判明します。だってぼくらもご飯にトカゲを食べるときに、トカゲの個性なんて気にも掛けないでショ?
連載当時は最終回に唐突に登場するような印象を受けた○○が、単行本としてまとめて読んだら冒頭から端々で描写されていた事に気づかされて嬉しい再発見。そんなわけで滝沢聖峰作品集「神々の糧」は去り行く夏を彩る恐竜強化月間その4アイテムであり、屈指のオススメ商品です。
え?このマンガ別に恐竜なんて出てこないだろうって?
いやいやいやいやお客さん、そもそも恐竜すなわちダイノサウルスという名前はラテン語の
「恐ろしいトカゲ」
って言葉に由来するものでして、本作は実にダイノサウルスマンガなのであります。ウソは一つもついてないッ!
なお本書には表題作以外にも多くの短編作品が収録されています。こちらはむしろ本道で真っ当な戦記マンガが主ですが、中にはブームの時代にMG誌に掲載されたF1を扱ったもの(あさのまさひこ原作に依る)などもあり、丁寧な筆致で描かれたF1マシンやドライバー達も必見。
中でもオススメなのはフィリピン・ルソン島に展開した陸軍自走砲部隊の苦闘を描いた「秘録・一式自走砲中隊」でしょうか。古くはタミヤの一式砲解説でも記されていた機動砲兵第二連隊所属車両、空襲を逃れて四両だけ揚陸されたという一式砲のその後の運命を描いた短編はアーマーモデリング誌97年10月号(通巻第5号)に掲載されました。個人的に初めて読んだAMだったんで、今でも思い入れが深いんだよな(笑)
だもんで本棚からAM5号を引っ張り出してみます。この号では滝沢マンガ以外にもファインモールドによる当事者インタビュー・富岡義勝氏提供の実車写真・平野義隆氏の作例などの一式砲関連記事が有機的に結合して創刊当初の熱気のままに実に内容の濃い誌面が構成されていたものでした……
そしてこのディオラマの片隅にもトカゲが!なんというシンクロニシティ!!