大日本絵画「第2戦闘航空団 リヒトフォーヘン」

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オスプレイ軍用機シリーズNo.28は第二次大戦当時のドイツ空軍ルフトヴァッフェのなかでも最も長い歴史を持つ飛行隊、第2戦闘航空団“リヒトフォーヘン”の設立から敗戦までを解説しています。

その名はもちろん第一次世界大戦のドイツ空軍トップエース、“レッドバロン”ことマンフレート・フォン・リヒトフォーヘン大尉から採られた名誉呼称、1935年にそれまでは「デベリッツ飛行隊」として秘密裏に運用されていた戦闘機部隊に冠せられたものでした。本書では後にJG132(第132戦闘航空団)と改称されたドイツ空軍黎明期の活動から書き起こされており、戦間期の派手なカラーリングが施されたHe51戦闘機や部隊を視察見学するチャールズ・リンドバーグ(大西洋単独横断飛行したリンドバーグは当時の親独派アメリカ人の代表でもあります)など興味深い写真も多く収録されています。

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その後幾度かの組織改編を経て最終的には開戦直前の1939年、リヒトフォーヘン航空団は正式にJG2(第2戦闘航空団)の名称を与えられます。なにゆえ「1」では無かったかというとそれは別に「2番で十分じゃないですか」的横槍が入った訳でも何でもなく、単に所在地の地理的な要因なんですと(JG1は東プロイセン配備の部隊)

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ポーランド侵攻時こそ首都ベルリンの防空という地味な任務でありましたが、新型機 Bf109を駆るJG2の戦いは西方戦役から本領を発揮し始めます。英仏航空隊を主敵として多くのパイロットが撃墜数を競いあい、この部隊出身のエクスパルテンも綺羅星のように存在する。フランス崩壊、バトル・オブ・ブリテン、高速戦艦三隻を連合軍制空圏から脱出させる「ツェルベルス作戦」など、大戦前半を彩るいくつもの空の戦いが解説されています。第一次世界大戦でリヒトフォーヘン大尉が飛んでいた頃に比べると随分と剣呑な時代ですが、それでもフランスに於けるJG2の司令部が摂取された公爵夫人の城館に置かれていたなどという記述からは、現代からは隔絶した光景が想像されます。

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歴史が長いだけに使用機体も数多く、オスプレイ軍用機シリーズの特徴となる機体カラー塗装図の多彩さは特に目を惹きます。設立当初の複葉機時代からはじまり、Bf109の発展と塗装の変遷はドイツ空軍戦闘機の歴史そのものです。

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チュニジアに展開したFw190なども収録されていますが、しかし本部隊でもっとも有名なカラーリングといえば機体側面、排気管周囲の黒色塗装を派手なイーグルヘッドにアレンジしたホルスト・ハニヒ中尉搭乗「黒の1」ではないでしょうか。

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イラストのみならず実機の写真もぬかりなく掲載されています。大昔のハセガワのA帯キットがこれだったよナーと、ちょっと調べてみたらまぁ違ってたんだけど いいんだ、かっこいいから。

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50機以上の撃墜記録を持つJG2出身のパイロットは115機撃墜のヴァルター・エーザウ中佐を始めとして10名にのぼり、20名以上の騎士十字章受賞者を輩出しました。本書巻末には詳細なリストが掲載されています。

やがてドミノは連合軍有利に傾き、ノルマンディー戦以降JG2はドイツ本国へと後退します。最終的には1945年、バイエルンで部隊の最後の残余が解隊されました。わずか10年の月日ではありましたがドイツ空軍最古参戦闘機部隊の戦いは、すなわちルフトヴアッフェの栄枯盛衰を象徴するものでした。第2戦闘航空団の名は、失われました――

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本書はあくまで第二次世界大戦中のJG2の戦歴を記述したものであり、戦後のドイツ連邦軍、西ドイツ空軍については触れられていません。しかしながら戦後10年以上の時を経て、エーリッヒ・ハルトマン大佐を司令に聘した西ドイツ空軍初の戦闘機部隊第71戦闘航空団(JG71)が編成された際、同部隊の名誉呼称として再び“リヒトフォーヘン”の名が冠されたことを、特に記しておきます。

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