文林堂「ラヴォチキン戦闘機」

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世界の傑作機No.143は第二次世界大戦中にソビエト空軍主力戦闘機の一翼を担ったラヴォチキン設計局の機体群をテーマに取り上げ、同シリーズでは「ポリカルポフI-16」「WW2ヤコヴレフ戦闘機」と関連する内容です。

ソ連あるいはロシアの戦闘機といってどんな名前を浮かべるかは人によりまた時代によって様々かと思われます。現在でこそスホーイ戦闘機が幅を利かせておりますが、冷戦たけなわの時代にソ連の戦闘機と言えばミグ戦闘機がその代名詞でした。(Yak-38ってのが居たような気もしますが、それは何かのマガイモノでしょう)大祖国戦争の時代には名を馳せたものの冷戦以降、ジェット時代ではまったくその名を聞かれない、いささかマイナーな立場であるラヴォチキン戦闘機について詳しく解説した一冊。

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1939年のソビエト連邦でラヴォチキン、ゴルブーノフ、グドコフの三人の若き設計者が、当時ソ連で実用化されていた強化木材デルタ材を使用した新型航空機を開発するアイデアと共にひとつの設計局を立ち上げました。外板だけでなく機体構造材までも木製で設計されたこの航空機は三人の名を取りLaGG戦闘機として実用化されます。しかし設立当初は家具工場の片隅に置かれた小さな設計局が拡大するにあたって三頭体制は解消され、以降はラヴォチキンひとりの頭文字からLa戦闘機と呼称されることになるのがこれら航空機の概要ですね。

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最初の実用機体、LaGG-3。同世代のYak-1やMiG-3と同様に液冷エンジンを搭載したスマートな機体ラインが印象的です。機体後部にパネルラインの類がほとんど見られないのは木製モノコック構造を採用した航空機の特徴で、それ自体はLaGG-3に限らないことですが前述のように機体内部のフレームまでもが木製なのはラヴォチキン設計局のアイデンティティと言えました。

流刑囚が一生掛けても数え切れないほどシベリアに木が生えてるとはいえ、航空機の構造に耐え得る種類の自然樹木はそうそう多くは在りません。合板に接着剤を浸透させて強化したデルタ材を用いて航空機を大量生産するアイデア自体は総力戦を迎えた当時の時代背景には合致しています。しかしながら金属素材を用いた機体に比べて重量増加は否めず、LaGG-3の機体性能そのものは不満の残るものでした。

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そこでエンジンをより高出力な空冷星型M-82エンジンに換装した機体がLa-5戦闘機です。初期生産型こそ不調でしたがいくつかの改修を受けたLa-5FNは大成功をおさめ、発展型のLa-7は第二次大戦におけるソ連の最優秀戦闘機とも呼ばれています(Yak-3だと主張するひともいます。洋の東西を問わずマニアたちは争うのです)

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ソ連空軍トップエースのイワン・コジェドゥープが愛機としたのもLa-5、La-7の空冷ラヴォチキン戦闘機でした。またLaGG-3を使用した中にはドイツ空軍で50機以上のスコアを持つエースたちを数人落とした「エースキラー」のパイロットもいます。ともかく、そういう話です。ラヴォチキン戦闘機をご存じない方にもその立ち位置はお判りいただけたかと思います。

その上で本書は一連のラヴォチキン戦闘機の開発と発展、各型分類とその特徴を余すところなく記述しています。本邦初公開となる写真も数多く収録されています。

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殊更にロケットブースター搭載機とかパルスジェット懸架機の写真を紹介するのは自分の趣味です嗜好です。

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最も読み応えがあるのはLaGG-3からLa-5へと変化する、クリモフM-105からシュヴェツォフM-82へのエンジン換装についての一節でしょうか。この液冷→空冷への変更は日本陸軍の三式戦「飛燕」から五式戦闘機への変化と同様(奇しくも番号の関係性まで同じ)なのですが、日本に在っては不調の液冷エンジンに見切りをつけた稼働率向上のための改善策だったのに対して、ラヴォチキン設計局では積極的な性能向上のための改良プランであり、似て非なるものである。空気抵抗の増加する星型エンジンと円形カウリングをどのように処理してどれほどの向上をはかったか、諸国の例も引いて詳細に解説されています。勉強になりますね。

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毛色の変わったところでは戦時中に入手した逃亡機体のLaGG-3とI-16を操縦した当時のパイロットによる貴重な操縦体験記録が収録されています。驚いたのはこの2本の記事の初出が「航空ファン」1958年の各号だってことでラヴォチキン設計局より航空ファンの方が歴史が長いぞ(笑)

第二次大戦後、ジェット時代の機体も一応は掲載があります。唯一制式化されたジェット戦闘機La-15ですら同時代の圧倒的に強力なライバルMiG-15の陰に隠れ、ラヴォチキン設計局の名が歴史の表舞台で語られることはありませんでした。

しかしながら、ラヴォチキン設計局のエネルギーはミサイルや無人航空機など表立っては語られない分野での開発に充てられ、標的ドローンLa-17は東側での大ベストセラーになったと本書は伝えてくれます。1960年にラヴォチキンが死去した直後に設計局は閉鎖され、いまではその名を冠する航空機が空を征くことも無いでしょう。

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ああでも試作に終わった大陸間巡航ミサイルLa-350“ブルヤ”が飛んでいく様子は見たかった気がする。天測航法で自立運行とか格好良すぎだろJK。

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