海人社「ソ連/ロシア巡洋艦建造史」

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前著「ソ連/ロシア原潜建造史」で斯界に一躍その名を知らしめたアンドレイ・V・ポルトフ氏による「世界の艦船」誌掲載記事を纏めた第二弾は、ソ連/ロシア海軍を通じて水上艦艇の中核的存在であった巡洋艦の変遷と発展を取り上げた内容です。

ロシア海軍太平洋艦隊公式通訳であるポルトフ氏による著述は西側視点からの分析と推測によって記されていた従来の書籍とは違い、当事者ならではの詳細な解説となっています。これまで知られてこなかった事実、ある種の衝撃をもって受け止められる記述も多く、そのような本を第三者による翻訳作業抜きで読める我々は実に幸福であると言えましょう。

さてその内容はタイトルにあるがごとく建造の歴史に竜骨を据え、戦歴戦史的なパートは主眼ではないのですが、それでも黎明期はロシア帝国、「坂の上の雲」にも登場する帝政ロシアの巡洋艦群から書き起こされいくロシア海軍戦力の実態と運用の記述は目を見張るものがあります。第二次世界大戦に於けるソ連海軍の活動や戦果はドイツ視点から見たものこそあれ、ソ連側の著述、特にイデオロギー色を抜いたものってなかなか見当たりません。独ソ戦で一番有名なソ連海軍のエピソードって戦艦マラートがルーデルに沈められた話じゃないかな?それでさえ実際には「損傷はしたが撃沈には至らず」がホントらしいので相互参照って大事なんです。

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大祖国戦争当時に就役したキーロフ級(26型/26bis型)軽巡洋艦の18cm主砲。三連装の砲身を三門同時に動かす機構は当初の設計をイタリアに外注したことの名残りのようです。本級は個艦の命名基準にソビエト連邦内の重要人物名が用いられた為に、うかつに沈めると責任者が反逆罪に問われかねなかった。なんて話もあってタイヘン。

そしてやっぱり本書の眼目となるのは戦後の冷戦時代に飛躍的な進歩を遂げたソビエト連邦海軍のパートでありましょう。「飽和攻撃」と聞いただけでボルシチ三杯はいけるね!肉が入ってなくてもね!!

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往年の東宝特撮メカの如き外観を呈するP-1000型ミサイル(上)と、「どうしてこうなった」のか「これでいいのだ」だかよくわからない85RU型多目的ミサイル(下)西側では二段式だったロケット飛翔魚雷がソ連では二階建て方式なのはサターンロケットとソユーズロケットの違いみたいなものか(多分、関係ない)

原子力潜水艦の名称に顕著なのですが、日本語の書籍でこの時代が扱われると名称に西側コードネームとソ連側の正式呼称が混在する場合があって読んでて戸惑うこともあります。上に掲げた二種の対艦ミサイルも西側名称ではそれぞれ「SS-N-12」と「SS-N-14」と呼ばれています。これがまた西側では把握されてない更新器材が配備されててロシア側からは正式に別物になってるものもあったりで、その辺の事情も含めて一冊纏まった形で読めるのは重宝します。水上艦艇なら潜水艦と違って艦名はっきりしてるから解り易いと思いきや、ソ連艦艇は計画番号で呼ばれることも多いんで、やっぱり重宝するのです。

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スヴェルドルフ級(68bis型)巡洋艦ジュダノフが指揮巡洋艦(68U型)に改装された際、3番砲塔が撤去されて大型の上部構造が設置されても何故だか4番砲塔は残され、長らく謎とされてきた――というのは本書を読んではじめて知ったのですが――その理由、あまりに意外な事の真実にはビックリ。同型艦アドミラル・セニャーウィンは4番砲塔も撤去されていてその方が理には叶ってたらしいんで、当時のアナリストたちはさぞや頭を抱えたことでしょうねえ。さてその衝撃の事実とは!

…みなさまご購入の上お読みください(苦笑)

読み進めるにつれて明らかになっていくのは共産党の独裁体制下で動かされていたソビエト連邦諸機構の、どこか歪な姿です。ミサイル技術が革新的だったのは洋の東西を問わないけれども本来無神論な体制である東側の方が技術を過剰に信仰しているフシがあり、その結果海軍軍備の質や量が変貌していく、そんな歴史の一面ですか。近年では多くの艦艇が「インドにスクラップとして売却」で艦歴を終えているのを見るにつけ、インド洋のどこかに死期を悟った艦たちが辿りつく「ソ連海軍の墓場」みたいな場所があってそこには象牙が山ほど積まれてがっぽり大儲けみたいな…いや、夢がね。

そう夢、夢ですね…「原潜建造史」で度肝を抜かれた方も多いかと思いますが本書でも未成艦や計画艦の記述は多く、それらはみなソ連海軍の夢と幻です。スターリンの夢、フルシチョフの夢、そして日本の軍事マニヤの夢。

キンダ級(58型)巡洋艦の存在意義を「迎賓や行事の参加、外国への訪問であると見抜き、建造隻数も4隻に限定した」フルシチョフの姿勢もそれはそれで海軍力の本質を突いていたと言えなくはない。社会主義諸国で盟主の地位を得るには潜水艦だけでは力不足であり、半世紀以上前の我が国、日本帝国海軍がそうであったように、そして潰えたように、

アメリカ海軍に拮抗しようとすんのはホントに大変ですね(´・ω・`)

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キーロフ級(1144型)原子力ミサイル巡洋艦計画案のひとつ1165型。世が世なら前後にキャニスターをならべたこのようなイカツイ姿になっていたかも知れないと、この図を見ただけでも今は亡き新宿のロシア料理店「ペチカ」で昼間からフルコース食い杉たようにお腹いっぱいなのですが、さらに加えてべったりロシア漬けになりそうな67EP型対艦ミサイル実験艦アドミラル・ナヒモフの図面とかもうすンごいの!担当者は脳にウオッカ流れてたんじゃないかっつーぐらいでなんだこれ。ま実験艦だし無茶もするんだろうけど「1番砲塔は砲身を撤去して、180度逆向きに固定されており、2番砲塔も旋回させることは不可能なようだ」って言葉で説明してもよくわからない。みなさまご購入の上(ry

2002年10月、海上自衛隊50周年記念観艦式のゲストとしてロシア海軍スラヴァ級巡洋艦ワリヤーグが横須賀に寄港しました。その際本当に多くの日本人が同艦を見学に訪れ、艦内からは嬉しい驚きとして迎えられたことが本書には記録されています。

 当時、筆者も通訳として同艦に乗っており、来艦した日本人たちが感激する様子を目の当たりにした。現役の海上自衛官や退役高官はプロの船乗りだから、感嘆しつつも冷静に同艦のメリットデメリットを観察していたが、某庁の高官は「信じられないほど強力な軍艦だね!」と目を丸くしていた。

 またワリヤーグの艦長は、次々と訪れる見学者の長い列を見て、「日本の市民は本艦を乗っ取ろうと白兵戦を挑んでくるのではないだろうね。」と大笑いし、「ここまで関心を抱いてくれるとは、本当に光栄なことだ。」と嬉しそうに語っていた。

冷戦時代にはソ連海軍の艦艇ってピンボケの写真や大仰な想像図ばかりで実態はほとんど鉄のカーテンの向こうでした。今こうして詳しい内容を本で読めるのも平和な時代の恩恵と言えるでしょう。やっぱり平和がいちばんで、あの時横須賀行きたかったなあ…

旧ソ連末期からの長期にわたる停滞期間を経て、いままた新生ロシア海軍は再建と発展の緒に付いたところです。この先の時代不確かな情報や疑心暗鬼に惑わされることの無い為にも、筆者アンドレイ・V・ポルトフ氏には是非とも良書を著し続けてほしいものですね。

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