Trevia「レバノンの軍事車輌 1975-1981」
断続的に15年以上続いたレバノン内戦の、初期の6年間に使用された軍事車両の写真集です。全87ページ、キャプションは英/仏語併記。
出版元Trebia社については本書以外の情報を存じ上げませんが現地レバノンの出版社、編者Samar Kassis氏は巻末の経歴によれば長年軍事車両を研究しレバノン国内でモデルクラブを立ち上げ、2000年にはベイルートモデルショーを開催された方とのことで、現在も決して平穏とは言えない同地で軍事を「趣味」として扱うには困難も多いことだろうと想像されます。ご健勝を願うばかりです。
本書の特徴としてはレバノン内戦に係わったそれぞれの政治勢力ごとにページがわけられていることが挙げられるでしょう。宗教や政治思想などが複雑に絡んだ当時の情勢について、事前にある程度は知識・情報を得ていた方が内容の理解に役立つと思われます。(wikipedia「レバノン内戦」項目に目を通すだけでもずいぶん違います)
内戦初期のこの時代はイスラエル・シリアの両国がまだ大っぴらに軍事介入せず、双方の支援を受けた政党・民兵組織による市街戦が主たる戦闘を占めています。この時期にもっとも有効だったAFVはM113装甲兵員輸送車とパナールAML-90装甲車の二種だとのことで、特に後者はスナイパーを建物ごと排除するのに多用されたようです。この画像はAMX-13軽戦車ですが、軽戦車や装輪装甲車が活躍できる程度には個人携行対戦車兵器が行き渡っていない状況が推察されます。
フランス製AFVでありながら本国陸軍では採用されず、輸出専門に生産されたパナールM3装甲車などマイナーな車両もよく見られます。使用された車両は内戦当事者たる民兵諸組織の背後に在る国を示し、更にその線は冷戦時代の東西両陣営へとつながって行きます。この時代の世界各地で戦われていた地域紛争は、多少なりとも代理戦争の性格を持つ事実。そして今も昔も変わらずに、やはりレバノン内戦でも日本製のピックアップトラックは便利に使われています。武器輸出三原則ってなんだったんでしょうね。
こちらは珍品、巡航戦車のようなMk.V75ミリ砲塔を載せたスタックハウンド装甲車。第二次大戦に際してアメリカで生産され、イギリス軍で使用された車両です。同車のバリエーションとしてクルセイダーIII巡航戦車の砲塔を載せたスタックハウンドIIIという車種がありますが、それとも別。ちょっと詳しいことがよくわからない車両なのです。
政治的スローガンが散々書き込まれて迷彩パターンのようにも見えるM113。模型素材としてみればやはり独特で、ユニークなフォトがいくつも見つかります。現在でもホットな地域の為にこの辺の情景を模型で扱うことには躊躇いを覚える心情があるのは(いかにそれが偽善的とはいえ)確かなのですが。
クローズアップよりは報道写真のような光景が多く収録されているのも確かで、資料的な価値としてはディティールよりも雰囲気を知るための物と言えそう。屈託のない少年兵士の笑顔やフォトによっては人物の目元に修正加えられている物もありで、一般的な資料写真集より鮮烈さを感じる内容でもあります。
イスラエル軍のM113とその系列車両はまだ増加装甲などが装備されていない、比較的「素」に近い状態です。メルカバMBTがレバノン内戦に投入されるのは本書では扱いのない1982年以降のことなので、その点については続刊を待ちたいところ。
当時すでに二線級の兵器だったスーパーシャーマンは親イスラエル派民兵(このフォトはファランヘ党の民兵組織レバノン軍団のもの)に支給されているのですが、掲載されている車両が全て75ミリ砲装備のM50であって105ミリ砲と成形炸薬弾を主要装備とするM51が一枚もないことは、どれほど軍事支援を行っても決して強力な装備は与えない代理戦争の性格をよく現わしていると言えるでしょう。
こちらはシリア陸軍正規兵。民兵組織とは明らかに異なる良質の装備を持ち込んでいます。長年に渡ってシリア軍はレバノン国内に駐屯し政治・軍事状況に多大な影響力を行使してきましたが2005年には撤退、2006年のイスラエル軍によるレバノン再侵攻を経て現在ではシリア自体が内戦の危機に在ることはご存じの通り。いつレバノンに飛び火しないとも限らない情勢ではありますが、当地のモデラーの為にも一日も早い解決と平穏を望む所存であります。