Valiant Wings 「ノースアメリカン P-51 ムスタング 前期型」
P-51ムスタングといえば太平洋戦争当時は「空のキャデラック」として外国人収容所に閉じ込められていた子供にさえその名を知られていた(詳しくはスピルバーグの映画「太陽の帝国」を見よう!いい作品ですよ)有名な戦闘機ですが、ヴァリアントウイングスのエアフレーム&ミニチュアシリーズNo.6の今回はP-51のなかでもマイナーな方、A~C型と急降下爆撃機として採用されたA-36アパッチを取り上げています。
ところで「太陽の帝国」の主人公ジムくんは収容所暮らしなのになんであんなにP-51に詳しかったんだろうか。さすがだなJ.G.バラード(何)
P-51は第二次世界大戦の米軍戦闘機を代表するような存在ですが、よく知られる通りその開発はイギリスからのオーダーによるものです。初期のマスタングはいろいろと試行錯誤する面も数あり、熟成されたD型以降の機体に比べると収録内容はバラエティにあふれるもの…と言えるかもしれません。
例によって図面写真とも豊富な内容で、こと日本ではあまり知られていない黎明期のムスタングについて幅広く解説されています。アリソンV-1710エンジンを備え蛇の目のラウンデルを描き込んだムスタングMk.I(英名)のいまひとつ垢抜けない外形はこれはこれでひとつの魅力が。機首下面にまで機銃装備しているのはなんでしょうかこれやっぱり英国面でしょうか(機体設計はドイツ系アメリカ人の手によるものです。ですから世界一なんです)
その中でもひときわマイナーな機体が500機しか製造されなかったA-36アパッチ急降下爆撃機でしょう。主翼の上下に展開するダイブブレーキがチャームポイント。アリソンエンジンの高空性能が低いために戦闘爆撃機として使用された機体で、本機についても多くの記述が割かれています。
翼下の40ミリ機関砲や機体後部に偵察用カメラを搭載するなどの様々なテスト機体の資料が写真・図版で併録されています。これらの資料はただ貴重と言うだけではなく実際の模型製作にも十分反映できるものと思われます。
いくつかの試験機体を経てロールスロイス・マーリンエンジンを搭載した最初のXP-51B、ムスタングの伝説的な活躍がここから始まる記念碑的な存在となる機体です。「マーリン」というのはご存知アーサー王伝説に登場する魔法使いの名前で、新大陸の野生馬はまさに「魔法にかけられて」屈指の高性能機へ変貌を遂げたわけですね。イギリスの航空機エンジンってなにもロールスロイス・ヴァルチャーとかネイピア・セイバーとかそんなんばっかじゃないのです!ピンからキリまでいろいろあるのは同時代の日本機に比べるとうらやましいですね……
カラーで収録された塗装図はなかなか見ごたえのあるものです。英軍迷彩にも様々なパターンが含まれますが、丁度アメリカ陸軍航空隊のカラースキームが切り替わる時期の機体なので、オリーブドラブとシルバーを地とした機体が様々に収録されています。
機首とテール部分の特徴があるのはムスタングならではの配色でしょうか。いわゆるレッドテイルの活躍を描いた映画「ブラインド・ヒル」は結局日本じゃ公開されませんでしたが、B型やC型は出てきたんでしょうかあの映画には……
英米以外の諸外国に配備された期待も(鹵獲ドイツ軍機含めて)いくつか掲載されていますが、1948年にドミニカ空軍に配備されていたA型なんてまるでみかん箱上のリン・ミンメイみたいな場末の空気感で、なんだかたまらんものがあります。この時期のドミニカもそれなりに不穏な状況ではあったようですが。
恒例の俯瞰による機体図版も情報盛りだくさんです。やはりA-36アパッチは機体外形以外に様々な相違点があるようでテキスト量も多いですね
マルコム・フードのバブルキャノピーを前後二基装備した複座の試験機TP-51Bはまるで「戦闘妖精雪風」のよう。これら俯瞰図版は市販キットを改造して特定機体を作る際には格好の資料となるはずです。
In Detailのクローズアップフォトとしてはテクニカル・マニュアルの図版と実機のカラーフォトが掲載されています。カラーの方は撮影が古いのか若干色味が変化している物が多いように思われます。
試験だけに終わった長距離飛行用の増槽も内部構造含めて掲載。正面から見ると地面とのクリアランスが全く不足していて、いかにもヤバそうではありますね……
キットリストはさぞや百鬼夜行の様相を呈するものかと思いきや、メジャーなメーカーが結構なアイテムを出しているものですね。考えてみればD型はどこのメーカーも出している長メジャー機体で、そこからのバリエーション展開で開発されている例が多いよう。日本で入手しやすいのはタミヤヨンパチのMk.IIIと、近年は ICM がかなり力を入れていて各型リリースしています。また旧アキュレイトミニチュアの製品が現在ではイタレリや韓国の方のエースモデルブランドで流通しています。アクセサリーパーツやデカールも様々ですが、さすがに書籍資料では初期型専門と言うのは少ないようで本書の貴重さが伺えます。
製作記事は1/72と1/48のみで流石にラージスケールのものは無いのですが(トランペッターなど1/32にもキットは有ります)レベル、ICM、コンドルの各製品とそしてイタレリ(旧アキュレイト)の1/48A-36Aアパッチが掲載されています。アパッチ格好いいなあ、ベアメタルの綺麗なD型よりもよっぽどムスタング(野生馬)している荒々しさです。巻末には1/48スケールの折込図面が3機掲載されています。
直球のようでちょっと変化球、例えて言うならそんな狙いの一冊でしょうか。